家の近所に、昔ながらの小さなケーキ屋さんがある。
今の街に住んで随分と経つのでその存在は知っていたけど、入店したことはない。そこに、特に深い理由はない。
ある金曜日の帰り道。
平日は離れて暮らしているのもあって、金曜日の夜のわたしたちはいつも少し浮かれている。あの日は確か、以前は毎月記念日にケーキを食べていた話なんかをしていたんだと思う。ふと、件のケーキ屋さんが目に留まった。
やはり少し浮かれていたのだろう。
今まで特に深い理由もなく入店したことがなかったお店に、特に深い理由もなく足を踏み入れた。
20時過ぎだというのに在庫は割と潤沢に用意されていて、ショーケースの中には最近見ないタイプの、オールドスクールなケーキがお行儀良く整列していた。値段はひとつ300円ほど。その中からいちごのタルトとたぬきのケーキ、それから種類違いのチーズケーキをそれぞれ選んだ。
夕飯をすませた後、ケーキの準備をする。
紅茶も淹れて、楽しい夜のティーパーティだ。さあ、肝心のケーキはどうだろう。
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なんとも微妙である。
特筆するほど不味いわけではない。だけどなんとも微妙なのだ。お互いの選んだケーキを一口ずつ交換しても、その感想は変わらなかった。
その後食べたチーズケーキはそれなりに美味しかったのだけど、また行きたいかと問われたら、もういいかな、という感じ。
そんなティーパーティから数日後。
ケーキ屋さん横を通過する時に『ケーキ買ってく?』と冗談めかして聞いてきたさだちゃんと、『絶対行かない!!!』と強めに返事をしたわたし。
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の、少し後ろにケーキ屋さんのおじさんが歩いていた。
『聞こえちゃったかな?』『どうしよう、悲しい気持ちにさせちゃったかな。』と数秒前の自分の発言を心から反省した。
しかし、そんな反省も虚しく、後日そのケーキ屋さんに【しばらくお店を休みます】という張り紙が。張り紙には、特に理由や期間も書いていない。わたしには休業の原因が自分にあるような気がしてならなかった。
家の近所にある、昔ながらの小さなケーキ屋さん。
そのケーキ屋さんを、自分の心無い発言で潰してしまったかもしれない。シャッターが降りたままのお店の横を通るたびに、胃のあたりが少し締め付けられた。
ところが。
つい先日、わたしの目に飛び込んできたのは優しい灯りがともった、いつものケーキ屋さんの姿だった。数週間の時を経て営業再開していたのだ。
その姿を見た時は、安堵の気持ちで飛び上がりそうだった。それからもう一度、自分の発言を悔いた。
次にさだちゃんが帰ってきた時は、ケーキ屋さんに寄り道をしよう。それから、ごめんなさいの気持ちを込めてケーキを買って帰ろう。
言霊、というと少し違うかもしれないけど。
ネガティブなことはあまり発言すべきじゃないな、と思った、そんなお話。